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2005年から活動を始め 水製品及びミネラルウォーターを求め全国をウロウロ 2550種以上の市販水製品の実飲レポート
芸者印のタンサンミネラルウォーター
この水は明治38年に輸出用として発売された。

福島県金山町産の天然炭酸水で、
遠くヨーロッパまで持っていったそうだ。
明治期 福島の水がヨーロッパに・・・
ヨーロッパではどんな風に飲まれたのだろう?
GEISYAと言う文字からあっちの人も色々想像したろうな、
なーんて頭の中で絵図を描いただけで楽しくなってくる。
硬度が200以下だから、ヨーロッパの水よりもサッパリしていて、
飲み易かった印象が有ったかもしれない。

水自体の歴史はかなり古く、
明治10年に会津藩士が太陽水として売ったのが最初との事。
当事はほぼ薬としての役割で位置づけられていたようだ。
明治10年って・・・西南戦争の年じゃないか。
西南戦争に参加した佐川官兵衛や会津藩士も
この水を飲んだのかなぁと、つい歴史と絡めて考えてしまう。

その後飲料研究で有名な倉島謙氏により
明治36年岩代天然炭酸鉱泉株式会社が創立され、
アポリネリス社と提携し金山を開発、輸出したのは明治38年の事。
国外向けには芸者印で売ったが、
国内向けには万歳炭酸水として売ったと記されている。

それにしても炭酸水を当事の設備で売れると言う事自体が驚き。
白磁の入れ物だったらしいが、
今よりも余程輸送やコスト面で困難があったろう。
炭酸は勿論抜けちゃったのだろうな。
栓の上から蝋かなんかで固めたのかな?
今だって東京から金山まで行くのは結構大変。
当事は相当苦労しただろうなぁ・・・
結局そのことがネックとなり休業に追い込まれたとも言われている。
輸送の困難さを考えれば入れ物だってリサイクルなど無理。
製造本数分だけ白磁の入れ物を用意したのだろう。
途中割れちゃったりするのも有るだろうから、
その数も予想して多めに作ったんだろうな。

銀座に直営店があったなんて驚愕の事実もある。
各国大使館・宮内省・上流階級に受けたみたいだよ。
銀座のどの辺りで売っていたんだろう?
過去と同じ場所で今製造されている復刻版を売って欲しかったな。
100年前と同じ場所で売っております的なキャッチフレーズでね。
金山と言う土地のアピールにもなりそうだし。

妖精の里と呼ばれて、
現在でも交通的にかなり不便な場所と言われている金山。
私も実際行って、その環境下に身を置き、
当時の事を想像しつつ天然炭酸水を飲みたいな。

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